土浦城は低湿地に位置し、城下町全体が水堀で囲まれた総構えの平城である。
永享年間に若泉三郎が築城し、その後信太氏、菅谷氏が城主を務めた。菅谷氏は主家の小田氏と共に、北条氏と結んで豊臣秀吉に対抗したため改易された。関東に家康が入封すると、土浦は結城城主・結城秀康の領国の一部となった。江戸時代になると、松平氏、西尾氏、朽木氏、土屋氏などが城主となった。現在見る城の姿に整備されたのは江戸時代である。
城下町全体が水堀で囲まれた総構えの平城。永享年間に若泉三郎が築城し、その後信太氏、菅谷氏が城主を務めた。菅谷氏は主家の小田氏と共に北条氏と結んで豊臣秀吉に対抗したため改易された。関東に家康が入封すると、土浦は結城秀康領となった。
(2007/10/8 作成、2013/6/8 更新、2014/5/18 更新)